広島電鉄 新乗車券システム「MOBIRY DAYS」全線サービス開始から2週間で感じた課題

広島電鉄は、スマートフォンに表示させたQRコードなどを認証媒体とする新乗車券システム「MOBIRY DAYS(モビリーデイズ)」のサービスを、2024年9月7日より電車全線およびバス全線(一部路線を除く)で開始しました。2025年3月29日にサービス終了予定の交通系ICカード「PASPY(パスピー)」の代替として広島エリアのスタンダードになる見込みのサービスですが、事業者によって導入方針が異なるなど将来性が不透明なため懸念の声も広がっています。

当記事ではサービスの概要や電車・バス車内に新設された専用リーダーの種類をまとめると共に、サービス開始からの2週間で感じた課題について考えてみます。

1 サービスの概要

1.1 導入の背景

「MOBIRY DAYS」は広電・NEC・レシップの3社によって開発され、機器側で高速な計算処理を行わない「ABT方式[1]認証媒体の固有ID番号と紐づいた利用者の情報をクラウドサーバ側で管理する方式。を採用することでシステム全体のコストダウンを図っています。

導入の背景として、2008年にサービス開始された交通系ICカード「PASPY」は広島・岩国エリアの公共交通機関およそ30社が導入したものの、7~8年ごとに約40億円ものシステム更新費用が必要になり、利用割合の多い広電がその半分を負担していました。この状況を解消するために広電は新乗車券システムへの移行を決定し、他社も含めてPASPYのサービスを終了することになったのです。

なお、現在PASPYを導入している各社はSuica・ICOCAなどの全国相互利用に対応する交通系ICカードも利用できるのに対して[2]「片利用」方式のためPASPYを他のエリアで利用することはできない。MOBIRY DAYSは全国相互利用ICカードサービスとの互換性がありません。そのため広電は、PASPY廃止後にICOCAの簡易型IC端末を導入することで交通系ICカードも引き続き利用可能とすると発表しています。

1.2 主な特徴

各電停に掲示されているMOBIRY DAYSの利用方法

MOBIRY DAYSの主な特徴は以下の通りです。

  • スマートフォンアプリに表示されるQRコードを読取機にかざして乗り降りする
  • 会員登録やクレジットカードまたは銀行口座との紐付けが必要
  • チャージはスマートフォンアプリやWebサイトで行う(オートチャージ機能あり)
  • 定率割引・乗継割引などのサービスはPASPYと同様

このほか、定期券の購入もアプリやWebサイトから利用者自身で行えるため、すべての操作をアプリだけで完結できる点がPASPYとは全く異なるシステムとなっています。ただし、スマートフォンを利用できない人などへの対応として専用ICカードを発行することも可能で、さらにクレジットカードや銀行口座も持っていない人は各取扱窓口にて現金チャージを行うことができます。

詳しい利用方法はMOBIRY DAYS公式サイトをご覧ください。

1.3 各社の対応

広電バス・電車はPASPYステッカーをMOBIRY DAYSステッカーに順次貼り替え中

9月7日にサービスが開始されたのは広島電鉄の電車全線およびバスの松江線・米子線を除く全線、それに広電グループ傘下の芸陽バス、備北交通、ボン・バスの一部路線を除く全線です。なお、広電バスと備北交通の一部路線では7月20日から先行的にサービスが開始されていました。

一方、同じ広島エリア中心部を走る広島バス・広島交通・JRバス中国の3社は具体的な導入時期・対応路線がまだ決まっておらず、導入後もMOBIRY DAYSでの定期券販売は行いません[3]2025年3月30日以降、定期券の販売などはJR西日本発行の「ICOCA」に移行。。つまり、現時点では並行するバス路線でも運行会社によって対応・非対応が混在しており[4]「エキまちループ」などの共同運行路線においても同様。、3社が導入した後も定期券は運行会社によって利用できる・利用できないが分かれることになります。

また、アストラムラインはMOBIRY DAYSへの参入を見送り、今年12月1日以降はJR西日本発行の「ICOCA」に移行します[5]PASPYは今年11月30日を以てサービス終了。。その他にも既にPASPYサービスを終了した事業者やサービス終了後の対応をまだ発表していない事業者もあるなど、対応は分かれています。

2 専用リーダーの種類

2.1 路面電車

広電電車・バスの車内には既存のICカードリーダーとは別にMOBIRY DAYS専用のQRコード・ICカードリーダーが設置されました。

路面電車の場合、従来から「ICカード全扉乗降サービス」に対応している車両はMOBIRY DAYSでも全ての扉から乗降できます。しかしながら、一部のリーダーは乗降兼用となっている点がICカードリーダーとの大きな違いです。

乗車専用リーダー
画面上部の表示は「乗車」
降車専用リーダー
画面上部の表示は「精算」
乗降兼用リーダー
画面上部の表示は「兼用」

専用リーダーは車種や扉位置によって乗車専用・降車専用・乗降兼用の3種類が存在しており、乗車専用と降車専用は既存のICカードリーダーに準じてそれぞれ青色と黄色に、そして新たに登場した乗降兼用は濃いピンクで色分けされています。

車種ごとの専用リーダー設置場所と種類は次の通りです。

①連接車の中扉・車掌台扉

連接車の中扉(両開き扉の場合)
乗降兼用リーダーが2か所に設置
連接車の車掌台扉
乗降兼用リーダーが1か所に設置

連接車は全扉乗降に対応しており、車種や扉位置にかかわらず全てのリーダーが乗降兼用となっているのが特徴です。両開き扉の場合は2か所、片開き扉の場合は1か所に設置されており、車掌台扉から降車する場合はICカードとタッチする場所が真逆になるので注意が必要です。

②1000形グリーンムーバーレックスの中扉

1000形の中扉
乗車専用リーダー・降車専用リーダーが1か所ずつ設置

1000形グリーンムーバーレックスも全扉乗降に対応していますが、中扉は乗降客の動線をICカードと統一するためか、連接車と違ってMOBIRY DAYSも乗車専用リーダーと降車専用リーダーに分かれています

③単車の中扉

単車の中扉(片開き扉の場合)
乗車専用リーダーが1か所に設置

単車は今のところ全扉乗降に対応しておらず、両開き扉の場合は2か所、片開き扉の場合は1か所に乗車専用リーダーが設置されています。ただし、後述のようにICカードと同じく出口扉からの乗車は可能です。

④運転台扉(各車共通)

運転台扉(写真は1000形)

車種にかかわらず、運転台横の出口扉は乗降兼用リーダーが1か所に設置されています。

2.2 路線バス

路線バスタイプ車両の入口扉
乗車専用リーダーが1か所に設置
高速バスタイプ車両の出入口扉
乗降兼用リーダーが1か所に設置

路線バスは今のところ全扉乗降に対応しておらず、原則として入口扉から乗車・出口扉から降車のみ対応しています。出入口が1か所のみの高速バスタイプ車両に限っては乗降兼用リーダーとなっていましたが、いずれも路面電車のようなシールによる色分けはされていません。

3 感じた課題

サービス開始からおよそ2週間が経過し、少しずつMOBIRY DAYSを利用する乗客を見かけるようになりましたが、以前から懸念されていた課題を感じる機会も日を追うごとに増えています。

①QRコードの処理速度

処理速度に優れている交通系ICカードなら立ち止まらずスムーズに乗り降りできたのに対して、QRコードは処理が完了するまでに1秒程度かかるため一旦立ち止まる必要があり、混雑時においてこの差はとても大きく感じます。事前にアプリを立ち上げなければならない手間も含め、慣れるまでには時間を要しそうです。

一方、MOBIRY DAYSのICカードも交通系ICカードよりは若干タイムラグがあるものの、QRコードと比べたらスピーディーでした。速さ重視ならあえてICカードを使うのも手ですが、発行に500円かかるのが難点です[6]デポジットではないため払い戻しても返金されない。

②乗降時のタッチ間違いが多発

この早い時期からMOBIRY DAYSを利用している “意欲の高い人” は使い方もある程度履修しており、乗り降りで戸惑っている様子はあまり見られません。それに対して交通系ICカード利用者、特に不慣れな観光客はただでさえ乗車用リーダーと降車用リーダーを間違えてタッチしてしまう人が非常に多く、そこに新たな別システムのリーダーが増えたことで正しいタッチ場所を瞬時に見分ける難易度はますます高くなりました。ちなみに、交通系ICカードとMOBIRY DAYSのICカードを逆のリーダーにタッチしたとしてもエラー音等は鳴りません。

そして今後PASPYからMOBIRY DAYSに乗り換える人が多くなってくれば、乗車・降車・兼用の3種類のリーダーが混在していることでさらなる間違いが頻発しそうです。すべての車両を全扉乗降対応・リーダーを乗降兼用とするのが理想ですが、それを行うのはおそらくPASPY廃止後になるでしょう。

③PASPY廃止後はさらなる混乱の予感

前述の通り、PASPY廃止後に交通系ICカードで広電電車・バスを利用する乗客には、既存のICカードリーダーではなくICOCAの簡易型IC端末によって対応します。これによって乗車時のタッチは不要になる一方、降車時は乗務員のいる出口扉を利用しなければならないため全扉乗降サービスにも非対応となり、さらに均一運賃エリア外では乗務員に乗車区間を伝える必要もあるなど、現在より利便性が大幅に低下すると予想されています。

MOBIRY DAYSの利便性云々よりも懸念されているのがこの問題で、せっかく浸透してきた全扉乗降サービスのグレードダウン、乗務員への負担増加、これらによる乗降時間の増加で定時運行率もさらに悪化してしまいそうです。広電の利用頻度が少ない人にもMOBIRY DAYSを普及させたい思惑があるのは分かりますが、そのためには会員登録の煩わしさを上回る魅力的なサービスが必要になるでしょう。

④「MOBIRY」とのサービス統合を

今後のサービス拡張案の一つとして考えられるのは、2020年にサービスが開始されたデジタルチケットサービス「MOBIRY(モビリー)」との統合です。MOBIRYではデジタルチケットならではの時間制フリーきっぷなど、観光客だけでなく地元利用客にとっても有用な商品が発売されていますが、今のところMOBIRY DAYSとは別々の会員情報が必要で、しかも互いに関係性があるのかどうか公式サイトに記載すらされていません。

とはいえ、同じブランド名を冠しているぐらいですから、将来的には紐づけを可能にしたりサービス自体を統合する可能性も考えられます。MOBIRYは降車時にスマホ画面を乗務員に見せる必要があるため全扉乗降に対応していませが、これをMOBIRY DAYSと統合してQRコードで乗降できるようにすれば利便性が向上しますし、地元利用客にもお得なサービスを周知しやすくなりユーザーの増加につながるのではないでしょうか?

4 おわりに

観光都市・広島にありながらガラパゴス化したシステム、さらにエリア内でも足並みの揃わないままスタートしたMOBIRY DAYS。将来的にはバスでの全扉乗降や特定日割引といった新サービスの導入も検討していくそうですが、まずはPASPY廃止までの半年間でどれだけ地固めができるかどうか、いち利用者としても注目していきたいと思います。

出典・参考文献

脚注

References
1 認証媒体の固有ID番号と紐づいた利用者の情報をクラウドサーバ側で管理する方式。
2 「片利用」方式のためPASPYを他のエリアで利用することはできない。
3 2025年3月30日以降、定期券の販売などはJR西日本発行の「ICOCA」に移行。
4 「エキまちループ」などの共同運行路線においても同様。
5 PASPYは今年11月30日を以てサービス終了。
6 デポジットではないため払い戻しても返金されない。

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