広島電鉄 ICカード「PASPY」廃止と「簡易型ICOCA端末」導入による車内外の変化

広島エリアを中心に導入されていた交通系ICカード「PASPY(パスピー)」は、多額のシステム更新費用等を理由に2025年3月29日を以てサービスを終了しました。そして、代替の新乗車券システム「MOBIRY DAYS(モビリーデイズ)」を導入した広電グループ各社と、JR西日本の「ICOCA」に参入した広島バスや広島交通などで乗車方法がまちまちとなったことで「わかりずらい」「不便になった」等の不満の声が続出しています。

地域の社会的問題にまで発展したこの混乱はマスメディアでもさんざん取り上げられており、いまさら当サイトで話題にする必要も無いかと思います。そのため本稿では、広島電鉄の電車・バスにおけるPASPY廃止後の変化を、とりわけ新しく導入された「簡易型ICOCA端末」を中心に紹介します。

1 簡易型ICOCA端末の導入

1.1 概要

電車内に掲示された支払い方法ごとの案内

3月29日のPASPYサービス終了により、Suica・ICOCAなどの全国交通系ICカードも従来のICカードリーダーにはタッチできなくなりました。そのため広電グループ各社の電車・バスは翌日の3月30日から、ICカード利用客に向けた代替の決済手段として「簡易型ICOCA端末」を導入しました。

簡易型ICOCA端末は、小規模な交通機関でもICサービスを導入しやすくすることを目的に、JR西日本の子会社であるJR西日本テクシアが開発したものです。区間によって運賃が異なる場合は乗務員の手入力で対応、定期券での利用はできないなど、機能を特化することで低コスト化を図っています。

広電がPASPYの代替として開発した「MOBIRY DAYS」は全国交通系ICカードとの互換性がないため、簡易型ICOCA端末の導入によって引き続きICカードも利用可能としました。しかしこれによってICカード利用時の乗車方法が従来とは大幅に変更され、車内での現金チャージは不可能[1]JR西日本テクシア公式サイトによると、機器自体はチャージにも対応。、電車の乗換制度なども自動では処理されなくなるといった制約も生じています。

1.2 路面電車

広電電車の簡易型ICOCA端末
運転台運賃箱は台座をやや斜めに設置
車掌台運賃箱は台座を垂直に設置

こちらは広電電車の簡易型ICOCA端末です。3月29日以前は乗車時・降車時にそれぞれICカードリーダーへのタッチが必要で、また「ICカード全扉乗降サービス」対応車両なら1名で利用する場合のみすべての扉から降車可能でしたが、3月30日以降は乗車時のタッチが不要になった一方、降車時は運転士または車掌のいる出口扉に移動して簡易型ICOCA端末にタッチしなければなりません

端末は運転士・車掌がそれぞれ携帯し、運行中は運賃箱上に置かれた台座に差し込んで使用します[2]当初は使用停止された降車用ICカードリーダーの上に台座を置いており、その後ICカードリーダーが撤去されて運賃箱に直付けとなった。。広電電車は全線均一運賃(大人240円・小児120円)なので基本的に乗務員の操作は不要ですが、乗務員によっては意図せぬタッチを防ぐため、降車扱い中以外は料金選択画面に戻すことで動作を止めている様子も見られました[3]従来のカードリーダーは扉が開いている間のみ動作していた。

従来の乗車用ICカードリーダー
“乗るときタッチ不要”のシールは後日追設された
従来の中扉降車用ICカードリーダー
画面部分に案内を張り付けている
4月中旬から車内で配布されている支払い方法の案内
※裏面は英語バージョン

一方、従来のICカードリーダーは表面を黒いテープで覆い、PASPYサービス終了の告知が貼られた状態で5月中旬時点でも残存しています。その周辺にも乗車時のタッチが不要なこと、降車は乗務員のいる出口扉に限られることなど、多数の注意書きが設けられました。それでも間違えてタッチしようとする人が後を絶たないため、車内で運賃支払い方法を説明する冊子を配布するなど対策が強化されています。

ワンマン運転区間のため無人の車掌台
ICカード利用者はここから降車できない

広電では2023年8月から広電本社前~広島港(宇品)間で連接車によるワンマン運転が始まり、2025年3月24日ダイヤ改正からは早朝時間帯に限り実施区間が1・3号線の全区間へと拡大されています。前述の通り、簡易型ICOCA端末は運賃箱備え付けではなく乗務員が携帯しているため、ワンマン運転時は車掌不在の出口扉からICカードで降車することができなくなりました

ちなみに、現金利用者は車掌不在の出口扉からでも運賃箱にお金を入れて降車できるため、利便性の観点では逆転現象が生じていると言えます。

集札係員は簡易型ICOCA端末を手持ちで使用
ベストに運賃支払い方法を英語で記載している

また、主要電停に配置されている係員も簡易型ICOCA端末を首からぶら下げて携帯するスタイルとなりました。外国人利用客が特に多い原爆ドーム前電停などでは着用しているベストに運賃支払い方法を掲示した方の姿もあり、現場でさまざまな対策を行っている様子がうかがえます。

1.3 バス

広電バスの簡易型ICOCA端末

続いては広電バスの簡易型ICOCA端末です。3月30日以降は電車と同じく乗車時のタッチが不要となりましたが、バスは多区間運賃制度なので、現金利用者と同じく乗車時に整理券を取り、降車時は運転手に乗車停留所を伝えなければなりません

簡易型ICOCA端末のタッチパネルには、最も利用頻度が高い広島市内均一運賃の[240円]のみ専用ボタンが設けられていますが、それ以外の金額を設定する場合は完全な手入力のようです。なお、バーコード付き整理券の場合は運賃箱へ投入すると運賃箱の画面に金額が表示される仕組みですが、それが簡易型ICOCA端末に連動するわけではありません。

入口扉の整理券発行機とMOBIRY DAYS端末
バス車内に掲示された交通系ICカードの利用案内

冒頭でも述べたように、同じエリアを走る広島バスや広島交通などは通常の「ICOCA」システムを導入したため、タッチするICカードリーダーが変わっただけで乗車方法は従来通りです。そのなかで広電グループのみが整理券を必要とする乗車方法に変わったことから、入口周辺には「整理券をお取りください」という掲示が複数設けられました。

2 MOBIRY DAYSの乗車方法も小変化

2.1 グリーンムーバーレックスの中扉も乗降兼用に

1000形グリーンムーバーレックスの中扉周辺
ICカード専用出口を識別する装飾はそのまま

2018年5月から広電初の「ICカード全扉乗降サービス[4]当初は「全扉降車サービス」と呼称されていた。」を開始した1000形グリーンムーバーレックスは、車内側から見て左側に降車用ICカードリーダー、右側に乗車用ICカードリーダーを設けて、扉半分を黄色く塗り分けたり床面に矢印を設けることで乗客への周知と動線の分離を図りました。一方、2022年3月に同サービスを開始した連接車は最小限の車内掲示に留められたため、この装飾は1000形だけの特徴となっていました。

そして2024年9月に「MOBIRY DAYS」が導入されると、連接車のMOBIRY DAYSリーダーはすべての箇所が乗車・降車どちらも可能な乗降兼用に設定されたのに対して、1000形の中扉はICカード利用者と動線を合わせるためかMOBIRY DAYSリーダーも乗車用・降車用が分けられました。なお、乗車用・降車用・乗降兼用の3種類はシールで色分けされていましたが、そのシールはすぐにポロポロと剥がれ落ちたり折れ曲がってしまいほとんど意味を成しておらず、タッチ間違いが後を絶ちませんでした。

しかし3月30日以降はICカードが全扉降車非対応となったため、1000形のMOBIRY DAYSリーダーも連接車と同じくすべての箇所が乗降兼用へと変更されました。中扉周辺のICカード専用出口を示すステッカー類も撤去されましたが、黄色い塗り分けと床面の矢印は5月中旬時点で残存しています。

2.2 単車も全扉降車に対応(5月1日~)

単車の中扉にもMOBIRY DAYS専用出口のステッカーが貼付された

最後までICカード全扉乗降サービスには対応せず、MOBIRY DAYSでも出口扉からしか降車できなかった単車ですが、PASPY廃止から約1か月後の5月1日より入口扉のMOBIRY DAYSリーダーが乗降兼用に変更されました。これによってMOBIRY DAYS利用者ならすべての電車で全扉降車が可能になり、特に車内混雑時における利便性が向上しました。

2.3 白島線限定の乗降リーダー分離

白島線のみ乗車用・降車用リーダーが分かれている
「乗るとき」
「降りるとき」

前述の通り、3月30日以降は1000形の、5月1日以降は単車のMOBIRY DAYSリーダーがすべての箇所で乗降兼用に変更されたため、MOBIRY DAYS利用者はどの扉・どのリーダーでも乗降が可能になった…はずでした

しかし、白島線(9号線)の電車に限っては、現在も中扉のリーダーが乗車用・降車用に分けられています。配置は以前の1000形と同じく車内側から見て左側が降車用、右側が乗車用で、雑貨屋に売っているようなプラスチック製の収納ケースを切断・着色したアイテムを被せることで識別されています。

なぜこのような取り扱いになっているのか、詳しい理由は分かりませんが、運転士さんによると「システムの都合で白島線のみこうなっている」とのことです。なお、以前の白島線は原則として1000形と1900形(元・京都市電)の1両ずつ使用されていましたが、単車が全扉降車対応になった5月1日以降は、中扉のリーダーが1か所しかない1900形に代わってリーダーが2か所の800形が白島線運用に就いています。

3 おわりに

PASPY廃止直後はまさしく大混乱といった状況でしたが、1か月半が経過した現在は日常的な利用者が新しい乗車方法に慣れたことで、ラッシュ時の乗降もスムーズになってきました。しかしながら不慣れな観光客等への周知はまだまだ不十分で、1回の乗降扱いに何分も要することが珍しくありません。

広電は昨年12月、つまりまだ簡易型ICOCA端末を導入する前の段階で、将来的にはMOBIRY DAYSリーダーで交通系ICカードにも対応できるように検討していることを明らかにしています。その場合は再び乗車時のタッチが必要になるのか、全扉降車は可能になるのか等、気になる点も多々ありますが、1日も早くそれを実現し、利便性と分かりやすさをせめて以前の水準までは戻してほしいものです。

出典・参考文献

脚注

References
1 JR西日本テクシア公式サイトによると、機器自体はチャージにも対応。
2 当初は使用停止された降車用ICカードリーダーの上に台座を置いており、その後ICカードリーダーが撤去されて運賃箱に直付けとなった。
3 従来のカードリーダーは扉が開いている間のみ動作していた。
4 当初は「全扉降車サービス」と呼称されていた。

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