小田急電鉄のホームドア:QRコードを用いたホームドア制御システム ①基本仕様&登戸駅などの仕様
小田急電鉄では、2020年度末に整備された登戸駅のホームドアから「QRコードを用いたホームドア自動開閉制御システム」を導入し、従来は一部手動だったホームドアの開閉が全自動化されました。このシステムが導入されるのは都営地下鉄浅草線・京急電鉄・神戸市営地下鉄西神・山手線[1]現在は別のシステムに変更されて消滅。に次いで4例目でした。
目次
1 QRコード式制御システム導入の経緯
小田急電鉄のホームドアは2012年度の新宿駅地上4・5番ホームを皮切りに、2020年末の時点で7駅で整備が完了していました。これらの駅では地上側の各種センサが列車の定位置停止・編成両数などを検知することでホームドアを自動開扉していますが、閉扉は車掌による手動操作としているためタイムロスが大きい点が課題でした。また、回送列車などの非営業列車が停車した場合でも自動開扉してしまう課題も残っており、これらを解決するためには車両とホームドアを同期して開閉させる新たなシステムが必要になります。
方法の一つは、小田急と直通運転を行う東京メトロ千代田線・JR常磐緩行線のホームドアでも採用されている「トランスポンダ」を用いた情報伝送で開閉連携を行うシステムです。しかし、小田急の車両にはそのための装置が非搭載なため[2]千代田線直通用の4000形のみトランスポンダ装置を搭載。、導入には多くの費用・期間を要します。
そこで、車両改造を伴わずに開閉連携を実現できる「QRコードを用いたホームドア自動開閉制御システム」が登戸駅から導入されることになりました。2023年7月時点で新宿駅地下各停ホーム(7・8番ホーム)・本厚木駅でも本システムが運用されています。
2 小田急におけるシステムの基本仕様
2.1 概要
このシステムの基本は、光の反射などに影響されにくい新型QRコード「tQR」を車両ドアのガラス部分に貼り付け、それをホーム側のカメラが読み取ることでホームドア開閉を制御するものです。
左右の車両ドアに貼付されている2枚のQRコードは、列車自体が移動している時は同じ方向に移動し、ドア開閉時は別々の方向に移動します。このようなQRコードの横方向の動きを読み取ることで、列車の定位置停止やドア開閉を検知し、それに追従してホームドアを自動開閉することができます。また、QRコードに格納されている車種情報を読み取ることで、編成両数やドア数の違いに応じてホームドアの開閉個所を制御できることが最大のメリットです。
ただし、小田急の一般型車両は4ドア車に統一されていること、特急列車に使用されるロマンスカーはQRコード式制御の対象外であることから、ドア数の判別には活用されていません。また、編成両数の判別についてもQRコードの情報は補助的にしか使われない点が特筆されます。つまり、QRコード式システムの最大のメリットであるはずの車種情報はあまり活用されていないのが小田急における特徴なのです。
2.2 QRコード・読み取りカメラの位置
他事業者では冗長性確保のためQRコード読み取りカメラを1ホームあたり3か所以上に設置していましたが、小田急は1ホームあたり2か所に削減しています。その場所はどの駅・ホームも5号車・6号車の2番ドアに統一されているため、10両編成は該当する2か所のドアのみに、8両編成は駅・ホームごとの停止位置設定の違いを考慮して3・4・5・6号車の4か所にQRコードを貼付しています。
一方で、6両編成と4両編成については2編成を連結して10両編成や8両編成を組成する場合もあり、組成によって読み取りカメラの位置と合致する号車が変わることから、全ての号車の2番ドアにQRコードが貼付されました。そしてこの “2編成の連結” こそがQRコードでは編成両数の判別を行えない理由でもあるのです。これについては4項で解説します。
3 戸袋窓がある車両への対応
小田急ではこれまでQRコード式システムを導入した他の事業者にはなかった課題が生じました。それは戸袋窓付き車両が多く存在していることです。本来ドアが開いている時のQRコードは戸袋内に隠れて見えませんが、戸袋窓付き車両だと開扉状態でも戸袋窓からQRコードが見えてしまい、これを読み取りカメラが認識すると誤った判定をしてしまう恐れがありました。
そこで、一定の角度からの視界のみを遮ることができる特殊なフィルムを戸袋窓に貼り付けられました。これにより、車内の採光性・乗客の視界を損なうことなく、上方の読み取りカメラからはQRコードを認識できなくしています。
4 登戸駅・新宿駅地下各停ホームにおける仕様
4.1 ホームドアは遅れて開く
前述の通り、本システムを導入した理由の一つは、回送列車等が停車した場合の自動開扉を防ぐためです。よって登戸駅・新宿駅地下各停ホームの仕様(以下:登戸仕様)は車両ドアが開き始めたことをQRコードの動きで検知してからホームドアを開ける、つまりホームドアが車両ドアより遅れて開きます。
本システムを導入している他路線でもホームドアが遅れて開く事例はありますが、登戸駅・新宿駅地下各停ホームのホームドアは左右の扉長さが非対称な開口があり(下記事を参照)、長い方の扉は開ききるのに時間が掛かるため、少しばかりスムーズな乗降の支障になってしまっている感は否めません。
4.2 編成両数は従来通りセンサで判定
上図は最初に本システムが導入された登戸駅2・3番ホームにおける、各編成両数の停止位置およびシステムに関連する各種機器の配置を表しています。
例として、下り2番ホームの濃い青で示している6両固定編成と薄い青で示している6両+4両の10両編成を見比べると、どちらもQRコード読み取りカメラの位置と合致しているのは6両編成の5・6号車です。つまり、カメラで読み取ったQRコードの情報だけでは、いま停まっている列車が6両編成なのか6両+4両の10両編成なのかを判別することができません。
そのため登戸仕様では、従来と同じく車両の有無を検知するセンサによって編成両数の判別を行っています。ただしQRコードも全く使われていない訳ではなく、カメラの前に止まるべき号車と実際のQRコードの号車情報が合っているかを判定することで確実性を高めているそうです。
ちなみに、同じく複数編成の連結を日常的に行っている京浜急行電鉄では、QRコードおよびカメラをより多くのドアに設けることでQRコードだけでの両数判定を可能としています[3]1ホームあたり最大6箇所に設置。。小田急でも同様のやり方は可能だと思われますが、QRコードはあくまでも車両ドア開閉検知が目的という考え方なのでしょうか。
4.3 定位置停止検知センサ
より確実に列車の動きを検知するために、車両連結部の位置を測定することで定位置停止をする検知センサも併用されています。登戸仕様における設置数は1ホームあたり1か所です。
4.4 乗務員表示灯
定位置停止およびホームドア状態を示す表示灯の内容は、代々木八幡駅や下北沢駅などに設置されているものと変化していません。列車発着時の表示推移は以下の通りです。
- 列車が定位置範囲内に停止→「D」が点灯
- ホームドアが開扉→動作中は「●」が点滅→全開で消灯
- ホームドアが閉扉→動作中は「●」が点滅→全閉で点灯
- 列車が定位置から離れる→「D」が消灯
5 おわりに
以上が登戸仕様のQRコード式制御システムにおける特徴です。今後、他駅の既設ホームドアにもQRコード式システムが適用されるのか注目されます。
そして2022年度に初のロマンスカー対応大開口ホームドアが設置された本厚木駅では、前述の通りロマンスカーはQRコード式システムの対象外となり、一般型車両についても開扉が車掌手動操作に逆戻りするというまさかの仕様変更がありました。
出典・参考文献
- 持田 歩「車両扉に連動した地上完結型ホームドア制御の導入について」『鉄道と電気技術』Vol.33-No.4、日本鉄道電気技術協会、2022年、p17-20