広島電鉄 ICカード全扉乗降サービスのこれまでを振り返る

広島電鉄の電車では、1名でICカードを利用する場合に限り入口扉からも降車できる「ICカード全扉乗降サービス」が一部車両で実施されてます。諸外国のLRT[1]次世代型路面電車=Light Rail Transitの略。では一般的な「信用乗車方式」への転換に向けた第一歩として2018年に開始され、今年3月からはサービス対応車両の拡大が行われています。

一方で、同じく今年3月には広島エリアの交通系ICカード「PASPY」を数年以内に廃止するという衝撃の発表がありました。さらに今年11月の運賃値上げや2025年春予定の駅前大橋線開業など、これから広電電車を取り巻く状況は目まぐるしく変化することが予想されます。

そこで今一度、ICカード全扉乗降サービス開始からこれまでの展開と主な運賃関係の話題を振り返ってみます。

1 ICカード全扉乗降サービスの展開

1.1 グリーンムーバーレックス限定でサービス開始(2018年)

前面に「ICカード全扉降車車両」のステッカーが貼付された1000形

広電電車は降車時に車内で運賃を支払う方式のため、降車するには乗務員のいる出口扉まで移動しなければなりません。この煩わしさを解消する目的で、2018年5月10日から一部車両限定で「ICカード全扉降車サービス」が開始されました。

対象となった車両は2013年にデビューした1000形「グリーンムーバーレックス」です。1000形は従来の単車(1両編成)と同様のドア2か所・ワンマン運転向け車両でありながら、単車よりも車体が長く混雑時の車内移動が大変だったこともサービス導入の一因だったそうです[2]単車の車体長は12~13m程度なのに対し、3連接構造の1000形は18.6m。また超低床車両のためタイヤハウスがあり通路が狭いことも影響する。

中扉の車内側から見て左側に降車用ICカードリーダーが設置され、周囲にはICカード1名利用者のみ利用できる旨の案内表示が至るところ設けられました。そして「信用乗車方式」の重要な課題である不正乗車の対策として、運転士が中扉周辺を監視するためのカメラを設置しただけでなく、その映像を中扉横でも放映することで乗客自身に不正行為の自制を促しています。

車外の中扉案内表示
車内の中扉周辺
不正防止のため放映されている監視カメラ映像

広電がサービス開始から半年後に調査を行ったところ、降車時間の短縮や車内混雑分散の効果が見られ、取り組みは概ね成功と捉えているそうです。課題としては、懸念視されていた不正乗車またはエラー乗車[3]運賃支払いの意思表示はあるもICカードリーダーへのタッチがエラーのまま降車した場合。は全体の約1%存在したこと、乗車用リーダーを1つ減らして降車用リーダーを設置したため逆に乗降時間が増加する場合もあることなどです。また、乗車客が間違えて降車用リーダーにタッチしてしまう光景も非常によく見られます。

1.2 30m級連接車両へのサービス拡大(2022年)

連接車両の「ICカード全扉乗降車両」ステッカー
中扉外側の表示もシンプルに
片開き扉のICカードリーダーは同じ側に配置

今年3月8日、同サービスを30m級の連接車両(ドア4か所・車掌乗務)にも拡大することが発表され、同月12日に3950形3952号が最初の対応車両として走り始めました。なお、サービスの名称は「全扉乗降サービス」に改められており、元々出口扉からの乗車は可能なことをさらにアピールする狙いがあるのかもしれません。

連接車の入口扉は場所によって両開き扉と片開き扉があり、両開き扉は1000形と同じく片側の乗車用リーダーを撤去して降車用リーダーを設置、片開き扉は元々乗車用リーダーが1つなので降車用リーダー設置のみが行われました。すでにサービスの認知も広まっているためか、これといった不正乗車対策も施されておらず、まさに「信用乗車」といったところです。

車齢60年前後が経過している3100形(右)にも改造工事が施された

当初の発表では、11月までに宮島線直通用の38編成[4]荒手車庫所属、主に2号線で運用。、市内線用の16編成[5]千田車庫所属、1・5号線で運用。に対応工事を実施するとのことでしたが、この編成数は在籍する連接車両の総数よりやや少ない数です。

広電公式サイトによると、市内線は既に予定の16編成が完了、宮島線は35編成が完了し、残りは8月末までに実施予定と書かれた状態で更新が止まっています。しかし目撃情報によると、実際には9月上旬にもう1編成対応し、さらに5000形「グリーンムーバー」長期離脱車7編成のうち2編成は対応工事が実施されたようなので、合計は予定の38編成に達しています。

よって全扉乗降の対象外となったのは、平日朝ラッシュ時のみ使用される3000形3003号、5000形の長期離脱車5編成、事故で離脱中の5200形「グリーンムーバーエイペックス」5206号の計7編成です。

2 近年の運賃関係の話題

2.1 消費税率引き上げに伴う運賃改定・ICカード再乗車サービス開始(2019年)

2019年10月1日の消費税率引き上げに伴い、全扉降車サービス開始以降で最初の運賃改定が実施されました。市内線の均一運賃は大人1人あたり180円から190円に値上げされた一方で、白島線および宮島線(区間運賃制)の運賃は変更なく、市内線と宮島線をまたがって乗車する場合の連絡運賃は従来より10円値下げとなりました。

これと同時に、ICカード利用者であれば市内線の電停で降車後60分以内に後戻りにならない方面へ再乗車した場合は引き去りをしない「市内線ICカード再乗車サービス」も開始されています。

2.2 MOBIRYデジタルチケットサービス開始(2020年)

広島エリアにおける「MaaS[6]Mobility as a Serviceの略。ICTを活用して様々な交通手段の予約などを一括に行えるサービスのこと。の取り組みの第一段階として、スマートフォンで乗車券を購入・使用できる「MOBIRYデジタルチケットサービス」が2020年3月10日から開始されました。デジタルチケットならではの8時間、24時間、72時間など時間単位で利用できる乗車券もあり、最近では地元スポーツチームの試合会場でモバイル乗車券を無料配布する企画なども行われました。

広電はこの数年前から、数時間以内なら電車やバスを何度乗り降りしても均一料金とする「時間制運賃」の導入を検討していることが新聞報道で明らかとなっており、時間制のデジタルチケットはまさにこの構想を一つ実現した形でした。そしてこれらが新乗車券システム移行への布石でもあったのです。

2.3 PASPY廃止・新乗車券システムへの移行を発表(2022年)

2021年5月13日の中国新聞の記事で、広島電鉄は「PASPY」の将来的な廃止を検討していることが初めて明らかになりました。そして翌年3月4日、「PASPY」のサービスを2025年3月までに終了することが正式発表されると同時に、スマートフォンに表示させたQRコードなどを認証媒体とする新乗車券システムを2024年10月を目途に開始することが発表されました。

PASPY廃止の理由は7~8年ごとに多額の機器更新費用が必要になることが大きいようで、一方の新システムは「ABT方式[7]認証媒体の固有ID番号と紐づいた利用者の情報をクラウドサーバ側で管理する方式。と呼ばれる機器側では高速な計算処理を行わない方式のため、システム全体のコストダウンが可能だといいます。しかし、会員登録やクレジットカードまたは銀行口座との紐付けが必要になることは利用者にとって高いハードルになるでしょう。

また、新システムはICOCAやSuicaといった「交通系ICカード全国相互利用サービス」の対象ではなく、PASPY廃止後にその他のICカードは引き続き使えるのかどうかも現時点では分かっていません。

2.4 共同経営計画の申請と運賃改定(2022年)

広島電鉄を含む広島市内の主要交通事業者7社は、今年11月1日より広島市内中心部デルタ市街地の路面電車・路線バスの運賃を220円均一とする「共同経営計画」を国土交通省あてに提出しました。少子高齢化や新型コロナの影響で利用客が減少する中、事業者や交通モードの枠を超えた「路線バス・電車共通のサービス」を実現し、デルタ内における移動の利便性向上を図るとしています。

電車の運賃については、市内線は白島線も含めて30円の値上げ[8]白島線は160円から190円の値上げ。となる一方、宮島線の区間運賃は据え置かれます。市内線~宮島線の連絡運賃は従来が220円を下回っている区間のみ220円に値上げされ、その他の区間は変更ありません。

これと併せて、路線バスと電車の相互利用が可能な共通定期券や、MOBIRYデジタルチケットサービス限定で均一エリア内を6時間400円乗り放題となるフリー乗車券を新たに発売するとのことです。

3 おわりに

昨年開催されたセルフ乗車(=信用乗車)導入についての講演会で、広電担当者は「将来的に車内での現金収受をやめたい」という見解を明かしました。今年の運賃改定の資料にも、今後の経営合理化の取り組みとして “すでに一部実施されている旅客の全扉乗降を発展させ、連接車両のワンマン化等の省人力化と生産性向上を図る” と記載されています。

しかし自らガラパゴス化の道を進むように独自の新乗車券システム導入を決断した広電。PASPYもICOCAもSuicaも使えなくなれば、むしろ現金利用者は増えてしまいそうです。新システム移行後はどのくらい利便性が変わってしまうのか想像もつきませんが、せめて誰でも利用できる交通機関であってほしいものです。

出典・参考文献

脚注

References
1 次世代型路面電車=Light Rail Transitの略。
2 単車の車体長は12~13m程度なのに対し、3連接構造の1000形は18.6m。また超低床車両のためタイヤハウスがあり通路が狭いことも影響する。
3 運賃支払いの意思表示はあるもICカードリーダーへのタッチがエラーのまま降車した場合。
4 荒手車庫所属、主に2号線で運用。
5 千田車庫所属、1・5号線で運用。
6 Mobility as a Serviceの略。ICTを活用して様々な交通手段の予約などを一括に行えるサービスのこと。
7 認証媒体の固有ID番号と紐づいた利用者の情報をクラウドサーバ側で管理する方式。
8 白島線は160円から190円の値上げ。

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