東京都交通局が考案「QRコード」を用いたホームドア制御システム

都営地下鉄浅草線を走行する車両の特定のドアには、かならず大きなQRコードが貼ってあります。この異彩を放つQRコードこそが、都営浅草線および同線と直通する京浜急行電鉄においてホームドアを制御するための重要な役割を担っているのです。

1 はじめに

鉄道駅のホームドアは安全対策として絶大な効果を持ちますが、鉄道事業者にとってホームドアの導入は決して容易なことではありません。それはホームドア自体の技術やコストに関わることだけではなく、関連する設備のなかでも車両側の改修という重要な問題が存在します。

一般的にホームドアと車両ドアは同時に開閉する必要があるため、トランスポンダなどを使用した情報伝送で開閉を連携させる方式が従来の主流でした。しかし、全ての車両を改造するには多くの時間と費用を要します。車掌の手動操作で開閉を行っている事業者も存在しますが、車掌の業務量が増えることで1駅あたりの停車時間が増加したり、誤操作によるトラブルや事故に繋がるリスクもあります。

近年はそれに代わり、センサによる画像処理で車両の動きやドア開閉を検知し、それに追従してホームドアを自動開閉するシステムの導入事例が増えています。この方式なら車両側の改修は必要ありませんが、画像処理のレスポンスや処理装置が大掛かりになってしまうなどのデメリットも存在します。

2 浅草線に適したホームドア制御システムの開発

2.1 QRコードが選ばれた経緯

東京都交通局の地下鉄4路線で最も開業が古く、なおかつホームドア導入が遅れていたのが浅草線でした。

浅草線は相互直通運転で4社(京浜急行電鉄・京成電鉄・北総鉄道・芝山鉄道)の車両が乗り入れており、もしもホームドア設置のため車両側の改修が必要になる際は、各社にその工事を行ってもらう必要があります。また、浅草線は基本的に8両編成3ドアの車両で統一されているものの、臨時列車などで6両編成や2ドアの車両も乗り入れることがあるため、それらを判別してホームドアを制御することも重要な課題でした。

都営5500形のドアに貼付された新型QRコード「tQR」。スマホなどの一般的なデバイスでは読み取れない。

低コストなホームドア制御方式を求めて都交通局の開発チームが検討を続けた結果、日本発祥の二次元コード「QRコード」を用いるという方法が考案されました。その仕組みとは、車両ドアのガラス部分に貼付したQRコードの「動き」と「内容」を読み取るというもので、車両側の改修はQRラベルを貼る作業だけで済むため導入コストが低く、簡単にドア開閉検知と車種判別が実現できる、まさに一石二鳥の方法です。

ホーム天井から吊り下げられているカメラが車両ドアのQRコードを読み取ってホームドアの開閉を制御する。

このシステムはQRコードの開発元であるデンソーウェーブと都交通局が共同で開発に取り組み、光の反射などに影響されにくい材質で50%欠損しても読み取れる新型QRコード「tQR」が開発されました。2016年度に浅草線内で実車試験を行った結果、判定率は100%だったそうです。

2.2 京急と共に本格導入が開始

このシステムが初めて本格導入されたのは浅草線と直通する京浜急行電鉄の羽田空港国際線ターミナル駅(現:羽田空港第3ターミナル駅)でした。2018年10月頃より同駅のホームドアにシステムが適用され、これまでは車掌による手動操作だった開閉が全自動化されました。京急線は日常的に様々な編成両数やドア数の異なる車両が入り乱れているため、浅草線以上にこのシステムのメリットが存分に発揮されています

京急蒲田駅6番線に停車する2100形。ホームドアは12両分のうち8両分だけを開け、なおかつ2ドア車のため各号車中央のドアは開かない。これらは車両のQRコードから読み取った情報だけで制御されている。

開発元である浅草線でも2019年10月の新橋駅を皮切りにホームドア導入が開始され、2023年度までに全駅で整備される計画です。ホームドアに対して多くの課題を抱えていた都営浅草線と京急は、このシステムの実用化によってようやくホームドア整備が進むようになりました。

3 QRコード式制御システムの概要

3.1 列車検知の仕組み

このシステムを構成する上で重要なのは、QRコードが左右の車両ドアに貼付されている点です。列車の到着→ドア開閉→出発までの一連の流れにおいて、左右のQRコードは以下のように動きます。

  1. 列車がホームに進入=左右のQRコードが同じ方向に移動
  2. 列車が定位置に停止=QRコードの動きが停止
  3. 車両ドアが開閉=左右のQRコードが別々の方向に移動
  4. 列車が出発=左右のQRコードが同じ方向に移動

このように左右のQRコードは、列車自体が移動している時は同じ方向に移動し、ドアが開閉している時は別々の方向に移動するため、列車の状態を正しく判別することができます。そして同時にQRコードから編成両数・ドア数などの情報を読み取って対応する箇所のみのホームドアを制御します。

3.2 冗長性の確保

浅草線大門駅2番線の場合、QRコード読み取りカメラは2・3・6号車の3箇所に設置されており、多数決で判定処理を行う。
京急蒲田駅4番線のQRコード読み取りカメラユニット。
車両連結部を測定して列車の定位置停止を検知するセンサ。これは京急線内で使用されているタイプ。

QRコードは1編成あたり何両かの号車に貼付されており、ホーム側の読み取りカメラも複数個所でそれを検知して総合的に判定を行うため、一定以上の冗長性が確保されています。また、読み取りカメラは3基で1ユニットとなっています。

前述の通り、QRコードの移動方向のみで列車の到着→ドア開閉→出発を全て検知することは出来るそうですが、万が一の誤検知などで意図せぬホームドアの開扉が起きないように、浅草線と京急ではより確実に列車の状態を検知するためのセンサを併用しています。

4 セキリュティや信頼性の問題は?

上大岡駅に設置されているQRコードを明々と照らすLEDライト。

QRコードが剥がれたりイタズラをされる可能性もありますが、前述の通り「tQR」は最大50%欠損しても読み取れることや、複数箇所での判定といった対策によって、剥がれや汚れが編成中何箇所も同時に起こっていなければ影響は無いのだと思われます。

とはいえ100%正確なシステムはあり得ないので、何らかの理由でホームドアが正常に開閉しなかったというトラブルは時々発生しています。また、駅ビルの中にホームがある京急電鉄上大岡駅では照度不足が問題だったのか車両のQRコードを照らすためのライトが設置されたりと、様々な環境下での安定動作には少し課題があるのかもしれません。

5 おわりに

様々な事情でホームドア導入が進まない事業者は全国数多く存在するため、他の鉄道事業者におけるホームドア整備の一助になればと、都はこの技術の特許をオープン化しています。これにより2020年3月には遠く離れた神戸市交通局西神・山手線三宮駅のホームドアで導入されたり、同年11月にはJR東海の東海道本線金山駅で導入に向けた実証試験が始まるなど、各地の事業者で採用が広がっています。

日本のメーカーで開発されて今や世界中に普及した「QRコード」は、鉄道が大きく発展した代償に様々な制約が生まれ、近隣国より整備が遅れているとも言われる日本のホームドア普及促進に大きな効果をもたらす可能性を秘めているのです。

出典・参考文献

脚注

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