東急電鉄 田園都市線のホームドア:宮前平駅の特殊配置ホームドア

タイプ 腰高式
メーカー 日本信号
開閉方式 開扉 自動(車速検知・運行管理システム連動)
閉扉 車掌手動操作
停止位置許容範囲 【推定】±1,200mm
開口部幅 2,800mm
非常脱出ドア なし
支障物検知センサ 3Dセンサ

東急田園都市線の宮前平駅では、2015年10月31日に下りホーム、同年12月20日に上りホームで同線初となるホームドアが稼働開始されました。当時は車両によってドアの数・位置が異なるという課題があったため、ホームドアを通常よりもホーム端から離して設置するというアイデアによって課題解消を図っています。

1 特殊配置が採用された経緯

1.1 原因の「6ドア車」について

田園都市線の激しい混雑を緩和するため、2005年から5000系の一部編成を対象に、1両あたりのドア数を増やした「6ドア車」が連結されました。しかし、首都圏各線でホームドアの導入が進むようになると、通常の4ドア車とドア位置が大きく異なる6ドア車はホームドア早期設置の妨げとなってしまいました。

そこで東急は、異なるドア位置に対応できる「昇降ロープ式ホームドア」の実証実験を2013~2014年度にかけてつきみ野駅で行ったものの、採用には至りませんでした。そして2015年1月、田園都市線全駅へのホームドア設置に向けた抜本的な課題解消のため、6ドア車を2017年度までに廃止することが決定されます。

宮前平駅ホームドアと6ドア車の位置関係

それでも全車両の置き換えには約2年を要することから、1日も早く整備を進めるための方法として宮前平駅で採用されたのがこの特殊配置です。車両とホームドアの間を1.5m程度あけて、通行できるスペースを確保することにより、ドア位置が違っても乗降を可能としました

このような配置は、日本で初めてホームドアが本格導入された東海道新幹線熱海駅など新幹線の一部駅で前例があるものの[1]ドア位置の問題に加えて、列車が高速通過するための安全対策が主な理由。、在来線の駅で採用されたのは初めてでした。

1.2 その他のメリット・デメリット

車掌用の停止許容範囲マーカーを見ると±1.2m程度まで許容されている

この配置は車両ドアとホームドアがピッタリ合わなくても乗降に支障がないため、停止許容範囲がシビアにならないというメリットも存在します。TASC(定位置停止支援装置)を導入するには直通運転で乗り入れる他社車両も含めて大規模な改造工事が必要ですが、それも不要としたことで早期設置に貢献しています。

デメリットはホーム有効幅が狭くなることです。逆に言えば、宮前平駅はホーム幅に比較的余裕があったため最初の設置駅に選ばれたのでしょう。その他にも、列車とホームドアの間に取り残される可能性が高くなること、視覚障害者にとって利用しにくいことなどがデメリットとして挙げられます。

1.3 他の駅には普及せず

宮前平駅を通過する急行列車

しかし、この特殊配置が普及することはありませんでした。田園都市線の他駅では、2017年に予定通り6ドア車が全車引退してから通常の配置で順次設置されたためです[2]2019年度末までに全駅整備完了。。こうして宮前平駅だけが、今となっては意味のない謎空間を残し続けているのです。

なお、前述の視覚障害者にとって利用しにくい問題について『令和3年度 神奈川県鉄道輸送力増強促進会議』での東急電鉄の回答によると、“現在、ホームドアを通常の位置に移設する予定はない” とのことです。

2 ホームドアの仕様

配置が特殊なこと以外はごく普通のホームドア

ホームドア自体は4ドア車のドア位置に合わせた一般的な構造で、メーカーは日本信号です。開口幅は目黒線や東横線のタイプより広い2,800mmが確保されていて、扉の透過ガラス部は大井町線大井町駅のタイプと同じくらい広々としています。

既存設備との間隔などを考慮して設置場所が決定されている
車両ドア間の筐体
車両連結部の筐体(駅係員操作盤が内蔵されている箇所)

筐体は左右の扉を互い違いに収納する戸袋一体型です。ホーム中央付近の筐体には駅係員操作盤が内蔵されていますが、初期はこことは別に係員用のお立ち台があり、そこでホーム監視やホームドア閉扉操作を行っていたそうです(詳しい開閉方式は後述)。

線路側から見た筐体
同駅ならではの案内ステッカーが貼られている
3Dセンサと非常開ボタン
扉のガラス部分に非常開ボタンの案内がある

各開口部の線路側両サイドには3D式の支障物検知センサが設けられており、ホームドアと車両の間に人が取り残されていないかを検知しています。緊急時の脱出用として、線路側から見て左下には非常開ボタンが設けられています。

視覚障がい者用誘導矢印

かつて6ドア車が連結されていた4・5・8号車部分には、筐体上部の縁に視覚障害者向けの誘導矢印が設けられています。これは設置後に追加された設備のようです。

3 ホームドアの開閉方式

3.1 当初の「ながら開」「ながら閉」方式

同駅のホームドアは配置だけでなく開閉方式も特殊でした。設置当初から2019年2月9日までの開閉方式は以下の通りです。

  • 開扉:列車が止まりきる前に自動開扉
  • 閉扉:列車が動き出してから自動閉扉※

※当初~2016年3月ごろまでは駅係員による手動操作だった模様

これは前述したつきみ野駅の昇降式ホームドア実証実験でも採用された方式で、列車が動いていながらホームドアを開閉することから、技術情報誌では「ながら開」「ながら閉」とも表現されていました。

ホーム上屋から吊り下げられている2つの車両センサ
写真は10両編成用で、5両編成の停止位置にも同様に設けられている
列車が2つのセンサを通過したタイミングでホームドアが開き始めていた
センサの外観
日本信号の3D距離画像センサが使用されている

列車到着時の動作は次の通りです。まず、同駅には10両編成と5両編成(大井町線直通)の2種類が発着するため、運行管理システムから列車種別・編成両数などの情報を受信することで、ホームドアを開ける範囲が事前にセッティングされます。

ホームドアを開けるタイミングを決めるのは、停止位置約20m手前と約10m手前の2か所に設けられた車両センサです。この2か所で車両を検知すると、通過した時間差によって列車の平均速度を算出し、それが一定速度以下であれば「停車」と判断してホームドアを自動開扉します[3]運行管理システムから受信した列車種別に基づき、通過列車で一定速度以下を検知しても自動開扉はしないと思われる。

列車がある程度進んだタイミングでホームドアが閉まり始めていた

続いて出発時は、ホーム後方側のセンサによって列車がホームを離れたことを検知して、前述の支障物センサによって旅客の居残りも無いことが確認されればホームドアを自動閉扉します。

このシステムが採用された主な理由は、車両側にホームドアと開閉連携するための装置が未導入だったことと、車掌による手動操作ではタイムロスが大きく過密ダイヤの田園都市線には不向きだったことです。前述のTASCと同じく大規模な車両改造を不要としながら、ホームドア開閉に伴うタイムロスがゼロに等しい、田園都市線にとって最適と言える方式でした。

3.2 他駅の方式と共通化(2019年2月~)

前述の通り、田園都市線の他駅では6ドア車引退後の2017年から通常配置でホームドアが整備されました。しかし、車両側がホームドア連携に非対応なことは変わりないため、宮前平駅のシステムを改良した新たな開閉方式が採用されています。そして宮前平駅でも、2019年2月10日から他駅と同じ開閉方式に変更されました。

現在の開閉方式は以下の通りです。

  • 開扉:低速度を検知してから7秒後に自動開扉
  • 閉扉:車掌手動操作で閉めてから出発

自動開扉のしくみ自体は同じですが、開くまでに7秒の時素を加えることで、列車が完全停止するのとだいたい同じタイミングで開くようになりました。一方の閉扉は、安全性を優先するためか手動操作に変更されました。

線内他駅と同型の操作盤が新設され、従来のものは撤去
下り5両編成は従来の操作盤を使用

システム変更によって、列車が動いている間に開閉する光景は既に見られなくなっています。また、閉扉操作がしやすいように、10両編成最後部の車掌用操作盤は乗務員室から手が届く距離に移設されました。ただし、下りホームの5両編成最後部には新設されなかったため、一旦乗務員室から離れて従来の操作盤を押しに行く必要があります[4]上りホームは10両と5両の後部位置が同じなのでどちらも新設操作盤を使う。

3.3 列車検知センサの配置

宮前平駅の列車検知センサ配置図

列車検知センサの配置は上図の通りです。両ホームとも10両と5両の停止位置が違うためAセンサ・Bセンサは別々に設けられているのに対して、2番線は後部位置が共通なのでCセンサは1基のみとなっています。なお、同駅に7両編成の急行は停車しないため、7両用のセンサは設けられていません。

3.4 乗務員表示灯

乗務員向けのホームドア状態表示灯

運転士用・車掌用それぞれにホームドアの開閉状態を示す表示灯が設けられています。同駅以降の設置駅とは異なり、閉状態なら点灯・開状態なら消灯する単純な内容で、開閉方式変更後も表示灯は変化していません。

4 おわりに

冒頭でも述べた通り、同駅にホームドアが設置された時点で6ドア車引退は既に決まっていました。「大人しく6ドア車引退を待ってから設置すればよかったのでは?」とも感じてしまいますが、同じくドア位置の課題を抱えている全国各地の鉄道事業者にとっても、同駅の事例は大きなヒントになったはずです。

のちに田園都市線の他駅および大井町線(大井町駅を除く)では同駅と同じく日本信号製ホームドアが採用されました。構造も非常に似ているものの、よく見比べると意外に多くの異なる部分があります。

出典・参考文献

脚注

References
1 ドア位置の問題に加えて、列車が高速通過するための安全対策が主な理由。
2 2019年度末までに全駅整備完了。
3 運行管理システムから受信した列車種別に基づき、通過列車で一定速度以下を検知しても自動開扉はしないと思われる。
4 上りホームは10両と5両の後部位置が同じなのでどちらも新設操作盤を使う。

コメントする