東急電鉄 田園都市線のホームドア:なぜ車種によって停止許容範囲が異なる?
田園都市線では2015年度から2019年度にかけて全駅でホームドアが整備されました。各駅に設けられている乗務員向けの停止許容範囲を示すマーカーが赤色と青色の2種類に分けられていて、長さも異なっているのは、直通運転で新旧さまざまな車両が乗り入れていることが関係しています。
目次
1 各形式のグループ分けとその理由
ホームドア設置駅における列車の停止位置許容範囲は、車両ドアとホームドア開口部がずれないことを大前提に、その他さまざまな条件から決定されます。TASC(定位置停止装置)が導入されている路線なら±350mm程度、未導入の路線なら大開口ホームドアを採用することで±750mm程度の余裕を持たせるのが一般的です。
田園都市線も現時点ではTASC未導入なので、車両ドア幅1,300mmに対して開口幅を2,890mm、さらに車両ドアと筐体の重なりを前後約100mmまで許容することで停止許容範囲を±約900mmまで広げました。しかし、一部車種は車両ドア位置が多少異なっており、停止位置がずれると筐体との重なりも大きくなりすぎてしまうことから許容範囲を±約600mmに狭めています。
これを区別するために用いられているのが長さの異なる2種類の停止位置マーカーなのです。
各形式が赤色・青色どちらのグループに属しているかは、先頭車の乗務員扉付近に貼られている目印を見れば判別できます。これは乗務員が地上側のマーカーと照らし合わせて停止位置を確認するためのもので、乗務員扉内側の窓下には運転士用があり、外側から見えるのは車掌用です。
同線では東急の車両だけでなく直通先から乗り入れる東京メトロ半蔵門線・東武鉄道の車両も走行しますが、各形式のグループ分けは以下の通りでした。
赤色グループ(許容範囲が広い)
- 東急の全形式
- 東京メトロ08系・18000系
青色グループ(許容範囲が狭い)
- 東京メトロ8000系
- 東武50050系・30000系
東急車は既に引退した8500系も含めた全形式が赤グループに属していて、同線に乗り入れる大井町線の車両についてもマーカーの色は異なりますが赤グループに準じた許容範囲です。赤グループはドアピッチ(ドア中心間の距離)が4,800mmまたは4,820mmに統一されていて号車による違いもほぼ無いことから、ホームドア開口幅に対して目一杯まで許容範囲を取ることができています。
一方の青グループに属しているのは東京メトロ8000系と東武50050系[1]東上線系統から転属した50000系も含む。および現在は田園都市線乗り入れ運用から撤退した東武30000系です。ドア位置が違うとはいっても見た目ではほぼ分からない程度の僅かな差ですが、ホームドアにとってはそれも大きな問題となりました。
上図は東武50050系の車両ドア位置を表しています。ドアピッチこそ赤グループと変わらないのですが、先頭車は乗務員室スペースを確保するために客室全体が連結面側へオフセットしており、これによってドア位置も250mmずれました[2]30000系も同様の理由で先頭車ドア位置がずれている。。
一方、メトロ8000系は標準ドアピッチが他の車両より少し狭い4,750mmであることに加えて、先頭車は東武車と同じ理由でオフセットしています。さらに、一部編成の中間に組み込まれている6次車と呼ばれるグループは従来と車体構造が大幅に変わり、ドアピッチは逆に4,870mmと広くなっています。
このような理由によって、上記3形式は停止許容範囲が制限されたのでした。
2 特殊な自動開扉システムの恩恵?
しかし、田園都市線の事例は全国的に見れば珍しい取り扱いだと思います。なぜなら一般的には狭い方にすべての車両が合わせるからです。
ホームドア制御システムの多くは、センサ等による列車の定位置停止検知でホームドアを開扉できるか否かを判断します。車種ごとに許容範囲を可変するシステムも不可能ではないでしょうが[3]実際に、JR西日本などでは車両のRFIDタグから車種情報を読み取ってセンサの検知範囲を変えるシステムが運用されている。、ドア位置が最もずれる車両を基準として共通の許容範囲を定めている路線がほとんどです。
それに対して田園都市線のホームドアは、列車が停止位置手前を通過した時の速度によって自動開扉するか否かを決めるという独特な制御システムを採用しており、最終的な停止位置確認は車掌による目視判断に委ねられています。つまり、システムはそもそも停止位置を検知していないため、車種ごとに許容範囲を変えても無問題なのです。
田園都市線には新旧さまざまな車両が乗り入れており、車両ごとのブレーキ特性もまちまちです。だからこそドア位置の制約がない車両だけでも許容範囲を広げることにより、運転士への負担軽減・停止位置修正のリスク軽減に繋がっています。これを実現できたのは特殊な自動開扉システムの恩恵と言えるでしょう。
3 直通先の路線はこうしている
3.1 東京メトロ半蔵門線(渋谷駅を含む)
半蔵門線のホームドアはまさしく前項で述べたような列車の定位置停止検知で自動開扉するシステムなので、赤グループと青グループの許容範囲は同じに設定されています。言い換えれば、赤グループが青グループの制約を被っている格好です。なお、渋谷駅については東急管轄の駅でありながらホームドア本体および開閉システムは半蔵門線仕様なので、東急の運転士にとってもこの制約を受けます。
特筆すべきは表参道駅A線および錦糸町駅B線です。両駅は東京メトロの乗務員にとって最初の停車駅となるため、運転士が車両のブレーキ特性に慣れていない可能性を考慮して、二重引き戸式の大開口ホームドアを採用することで許容範囲を広げています。
3.2 東武スカイツリーライン新越谷駅・北越谷駅
半蔵門線・田園都市線直通の列車が走行する急行線では、現時点までに新越谷駅・北越谷駅でホームドアが設置済みです。こちらも定位置停止検知で自動開扉するシステムなので、やはり赤グループと青グループの停止許容範囲は同じに設定されています。
なお、直通運転に使用されない東武線内専用車(10000系列)の中でもドア位置は多少異なりますが、もはや色分けをする必要はないためか、それらの車両には赤テープが貼られています。
4 おわりに
メトロ8000系は2025年度までに全車引退を迎える予定ですが、50050系はまだ経年が浅いので当面はドア位置の問題が残り続けます。将来的に田園都市線でもTASCまたはATO(自動列車運転装置)が導入されれば許容範囲も統一されるでしょうか。
出典・参考文献
- 半蔵門線建設史(渋谷~水天宮前) | メトロアーカイブアルバム(第2章に8000系の形式図が掲載)
- 根岸 徹「東武鉄道50000系通勤電車」『車両技術』(229)、日本鉄道車輌工業会、2005年、p73~85