相鉄直通の重要なカギ? 東横線と目黒線で車上子の位置が違う理由を考察

東急電鉄日吉駅から綱島方を望む
現在は目黒線の引き上げ線になっている部分が新横浜線へと繋がる

2022年度下期に開業が予定されている「相鉄・東急直通線」は、相模鉄道西谷駅から新横浜駅を経由して東急電鉄日吉駅までを結ぶ路線です。まだ具体的な運行形態は明らかとなっていませんが、それを決定づける要因に車両床下の小さな装置が関係しているかもしれません。

1 はじめに

「相鉄・東急直通線」の正式な路線名は、西谷駅~新横浜駅は相鉄が管轄する「相鉄新横浜線」、新横浜駅~日吉駅は東急が管轄する「東急新横浜線」となります。日吉駅から先は東横線方面と目黒線方面の両方に乗り入れることから、相模鉄道は東横線直通用10両編成の20000系と目黒線直通用8両編成の21000系をそれぞれ製造しました。

2形式に作り分けられたのは東横線系統と目黒線系統で規格等が異なるためで、その違いの一つに “車上子取り付け位置の違い” があることを、当サイトでも21000系第1編成登場の記事にてお伝えしています。ではどうして並行する2路線で車上子位置の違いが生じ、その違いは相互直通にどう影響する可能性があるのでしょうか。歴史的な経緯をもとに考察してみました。

なお、今回のテーマとなる「車上子」はとても多くの役割を担っていることから、メーカーや鉄道事業者ごとに呼び方も様々です。そのため当記事では便宜上「ATO車上子」という名称に統一しています。

2 ATO車上子とは

2.1 ATO車上子の役割

相鉄20000系の1号車床下
台車左側にあるのが直通先で使用されるATO車上子

現代の鉄道車両には様々な用途の「車上子」が搭載されています。ポピュラーなのは「ATS」「ATC」といった運転保安装置において線路側の「地上子」と情報を送受信するためのものですが、今回注目するのは、渋谷/目黒方(東急線内を基準)の先頭車両に取り付けられている「ATO車上子」のことです。

ATO車上子の一番の仕事は「ATO(自動列車運転装置)」 の制御に必要となる距離情報などを地上子から受信することです。新横浜線開業で相鉄と繋がる路線のうち、ATO運転を行う東京メトロ副都心線・東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線・埼玉高速鉄道線、ならびに駅停車ブレーキのみを自動で行う「TASC」を導入している東急東横線・目黒線が、その仕事場となります。

中央の細長い装置が停止位置直下に設けられた地上子、両側の小さい装置がTASCの距離情報を送信する地上子
ATO車上子と地上子が重なっている様子
この範囲に停車しないと情報を送受信できない

また、上記路線ではホームドアの開閉制御にもATO車上子が使われます。駅にはATO車上子とピッタリ重なる位置に「P4地上子」が設置されており、ドア開閉情報などを地上側とやり取りします。他にも、線路工事等による臨時速度制限や東急線内の駅誤通過防止システムといった情報を地上子から受信する役割も担っています。

2.2 相鉄線内でATO車上子は使われない

一方、現在は相鉄線内でもTASCとホームドアが導入されていますが、相鉄にとってATO車上子の存在は無関係だと思われます。なぜなら、TASC距離情報の受信は相鉄線内の保安装置ATS-Pの車上子が担い、ホームドア開閉は車両ドアの動きを直接センサで読み取って連動する方式のためです。つまり新横浜線においても、相鉄の管轄区間は相鉄のシステム、東急の管轄区間は東急のシステムになると推測されます。

3 東横線と目黒線でATO車上子位置が違う理由

3.1 位置が違って困ること

目黒線系統と東横線系統では車上子が僅か数十センチずれている

ここからが当記事の本題、ATO車上子位置の違いについてです。東急の目黒線用5080系と東横線用5050系でATO車上子を台車からの距離で見比べると、取り付け位置がちょうど車上子1つ分ほどずれていると分かります。

両車が同じ線路上を走るとどうなるでしょうか。現在も車両基地への入出庫などで同じ線路上を走ることはあるため “走るだけ” なら無問題だと思われますが、ATO(TASC)運転やホームドアとの開閉連携という位置関係が重要な情報を送受信するには、地上子と車上子の位置も揃っていないとシステムが正しく動作しなくなってしまうと考えられるのです。

ミソになるのは位置の違いが僅か数十センチだけということです。これがもし何メートルも違うのであれば、それぞれの基準位置に対応する地上子を設けることができるはずです[1]実例として、東京メトロ銀座線で01系と1000系が混在していた時期は、両車でTASC車上子の位置が異なるため地上子も別々に設置されていた。。しかし車上子1つ分程度しか違わないのだと、隣接して別々の地上子を設けることは難しいと思われます。

3.2 原因は台車のブレーキロッド?

東京メトロ9000系のATO車上子

事の発端を探るには、平成初期まで話を遡らなければなりません。

東京メトロの前身である営団地下鉄は、1991年に第一期区間が開業する南北線向けとして、ATO運転やホームドアなどの新技術に対応した新型車両9000系を開発します。『南北線建設史』によると、ATO車上子の取り付け位置は「先頭台車の中心から1.85m」に定められました。

コイルからなり、CT1車の先頭台車のボルスタ中心から1.85m車体中央寄りに水平に取り付けられ、地上子との電磁結合作用により、ATO情報の送受信を行う。

『南北線建設史』p910より(第2章 車両 第3節 9000系車両の仕様)

南北線は2000年に全線開通し、都営地下鉄三田線および東急目黒線と線路が繋がります。同時期にこれらの路線でもATO(TASC)とホームドアが導入され、当然ながら地上子・車上子の位置関係は南北線に合わせられました。これが目黒線系統の基準の生い立ちです。

副都心線を走行する東京メトロ7000系改造車

時は流れて2008年、東京で13番目の地下鉄として東京メトロ副都心線が開業し、東武東上線および西武池袋線との直通運転が始まりました。副都心線も当初からATOとホームドアが導入されましたが、南北線と違うのは全てが新しい車両ではなかったことです。

各社が用意した直通用車両の多くは既存形式の改造車で、東京メトロ自身も製造から30年以上経過した有楽町線7000系に大規模改造を施して副都心線へ転用しました。7000系改造車両について記された『副都心線建設史』の一文は、旧型車両の存在こそが車上子・地上子の位置に影響を与えた可能性を示唆しています。

床下搭載にあたっては、床下箱を限られたスペースに設置することとなること、地上子の設置位置を台車のブレーキロッドと干渉しながら相互直通各社の車両で共通化する必要があったことなどから、他の装置の移設、仕様変更を伴った。

『副都心線建設史』p822より(第2章 車両 第4節 7000系改造車両の仕様)
西武6000系ステンレス車の台車とATO車上子の位置関係
目黒線基準で取り付けると左右のブレーキてこを繋ぐ横梁が支障してしまうように見える

副都心線を走る車両のうち、メトロ7000系および西武6000系の一部車両は両抱き式の踏面ブレーキを採用した台車を履いています。具体的な記載は見つからなかったため真相は分かりませんが、両抱き式特有のブレーキロッド部品が原因でATO車上子を台車から遠ざける必要があったのではないでしょうか。

一方、東急東横線の車両は副都心線開業よりもずっと前からこの車上子を搭載しており、当初の取り付け位置は目黒線と同じだったようです。これは前述した臨時速度制限や駅誤通過防止システムのために整備されたものですが、副都心線との直通開始が近づいたいずれかのタイミングで現在の位置に変更されました[2]副都心線直通を前に東横線から撤退した9000系や1000系は対象外。。こうして東横線と目黒線で車上子の位置に違いが生まれてしまったのです。

4 相鉄直通の重要なカギかもしれない

前述の通り、相鉄にとってATO車上子は無関係なはずなので、この問題が影響するのは東急が管轄する新横浜駅~新綱島駅~日吉駅の3駅間です。仮に目黒線基準でTASC地上子を置けば東横線車両の停止位置がずれてしまい、正しい位置に停めたとしても今度はホームドア地上子との位置がずれるので開閉連携ができません。開業まで約1年、東急はどう手を打ってくるのでしょうか。

解決策の有力候補が編成両数を分けることです。例えば現在の東横線でも、10両と8両で停止位置が異なる駅[3]正確に言えば、ATO車上子が搭載されている渋谷方先頭車の位置が揃わない場合。にはTASC地上子・ホームドア地上子が別々に設けられています。これを逆に活用し、東横線系統と目黒線系統で同じ両数が走らないようにして、駅の停止位置も意図的にずらせば、それぞれの基準で対応する地上子を設けることができます

現状、東横線は10両編成と8両編成が混在し、目黒線はもうすぐ6両編成から8両編成への増結が始まる予定です。つまり、東横線の8両編成は新横浜線乗り入れ不可とすれば両数がキッチリ分かれます。もしもこの仮説通りになればの話ですが、ATO車上子位置のほんの僅かな違いが広大な路線ネットワークの運行形態を左右するかもしれないのです。

5 おわりに

こうして記事を締めたいところですが、東急は東横線5050系のうち一部の8両編成にも相鉄直通改造を施工している[4]2021年末時点で5167Fと5169Fに施工済み。ので、まだまだどうなるか全く分かりません。もちろんATO車上子の位置にとらわれない新しいシステムや手段が採用される可能性もゼロではないでしょう。このような観点からも、正式なダイヤ発表そして開業が楽しみです。

出典・参考文献

脚注

References
1 実例として、東京メトロ銀座線で01系と1000系が混在していた時期は、両車でTASC車上子の位置が異なるため地上子も別々に設置されていた。
2 副都心線直通を前に東横線から撤退した9000系や1000系は対象外。
3 正確に言えば、ATO車上子が搭載されている渋谷方先頭車の位置が揃わない場合。
4 2021年末時点で5167Fと5169Fに施工済み。

コメントする